幼少期から四つ上の兄の影響でサッカーを初めた。
家の近くの芝生公園(見んなそう言う風に呼んんでいた )で近所の友達を集めて小学四年生まで、ほぼ毎日サッカーをして遊んでいた。
小学四年生からは、もちろんサッカー部に入部した。
当時の僕のサッカースタイルは、1人で5〜6人くらいをスピードやキレで抜いていくというスタイルだった。
二つ上の六年生も相手にならないほどキレがあった。
誰にも負けるわけがないと思っていた程だった。
そんな僕も中学生の時にどんどんキレがなくなり足が遅くなっていったのである。
その時は、何でなのかわからず途方にくれていた。
母親が病気なのかと疑った程だった。
中学三年生になってもスピードが速くならない事に不安を感じていた。
小学生の時に自分より足が遅い子達が成長とともに自分より速くなっていくことに何が何だか分らなくなっていった。
それでも、県の選抜には選ばれていたため高校はサッカーの特待生で入れた。
高校生になったあるとき、小学生の時から知っているサッカー部のエースに「山田の全盛期は小学生の時だったな」と言われた。
図星ほど腹が立つものはない。(涙)
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